ドルフ・チェビシェフアレー
Dolph-Tschebyscheff (or Chebyshev) Array

平野拓一

一様アレーはビーム幅は細いがサイドローブレベルが高く、 二項アレーはサイドローブを無くすことができるがビーム幅が広くなってしまう。 そこで、「与えられたサイドローブレベルで、最小のビーム幅を持つ電流分布は何か?」 という問題に直面する。ドルフ(Dolph)はこの問題に対する最適分布を求めるために チェビシェフ(Tschebyscheff or Chebyshev)の多項式を用いて解を与えた[1]。 その振幅分布をもったアレーをドルフ・チェビシェフアレーと言う。 また単にチェビシェフアレーと呼ばれることも多い。

チェビシェフアレーではサイドローブレベルは任意に選べ、 すべてのマイナーローブのレベルも第一サイドローブと同じ一定値となる。 そのために、第一サイドローブを低く抑えることはできるのだが、 他のマイナーローブがより低くならないために不要放射量は大きくなってしまう。 そこで、一様アレーとチェビシェフアレーの良いとこ取りをした テイラーアレーと呼ばれるものもある。

以下ではチェビシェフアレーの合成法について説明する。 まず、基本となるチェビシェフの多項式について説明する。


チェビシェフの多項式


図1: チェビシェフの多項式

チェビシェフの多項式: Tn(x) は次の性質を満たす (その性質を満たすようにテイラー展開の係数を決めていると考えればよい)。

そして、図示すると図1のアニメーションのようになる。 Tn(x) の漸化式表現は次のようになる。

    (1)

また、数値計算に便利な次の表現もある。

    (2)


チェビシェフの多項式を利用した指向性合成


図2: 一次元アレー

上の図に示すアレーのアレーファクタは次式で与えられる。

    (3)

ここで、n を整数とするとき、cos(n u) は cos(u) の冪乗で表すことができる。 ド・モアブルの公式を使うと簡単に変形できる。

(exp(j u))^n=( cos(u)+j sin(u) )^n
(exp(j u))^n=exp(j n u)=cos(n u)+j sin(n u)
∴ cos(n u)=Re[ ( cos(u)+j sin(u) )^n ]    (4)

そして、

z=cos(u) (z は座標ではない)    (5)

とおくと、式(3) は次のように書くことが出来る。

    (6)

ただし、bn は an と関係していて、bn は an の線形結合で表される。 その係数は式(4)で決まる。 重要な事実としては式(6)を見るとアレーファクタは z を変数とする多項式で表現 されていることに注目する。


図4: θ-zグラフ

式(6) 中の z はそのまま指向性の角度θには対応しないが、式(5)と式(3) (u=... の式) を介して関連している。式(4)より、z は -1 から +1 の間の値を取る。 そして、上の図を見ると素子間隔が小さいときにはz=θ と見なしても構わないので、ほぼz=θと考える。 さて、幸運にもアレーファクタが多項式で表されたので、それをチェビシェフの 多項式を利用して指向性合成する。


図5: z-Tn(z)グラフ

z の多項式であるアレーファクタを上の図5の水色の部分と見なして合成する。 横軸を角度θと見なし(θを媒介変数とする変数z)、 縦軸をアレーファクタの値と見なす。水色部分右端のz > 1の部分の大きな値が メインローブに相当し、中のリップルがサイドローブに相当する。 式(5)の z は -1 < z < 1 であり、それを図5のzと直接対応させて水色の場所を 表現するために、式(5)の定義を次のように変更する(zをスケーリングする)。

z/z0=cos(u)    (式(5)を再定義)    (7)

すると、

-1 < z/z0 < 1
-z0 < z < z0

となる。式(5)を式(7)に変更したことで、式(6)は次の式(8)のように変形される。

    (8)

式(7)のzは図5の横軸のzと対応する。 式(3),(7)および図4より、 z=z0 は θ=90° (ブロードサイドのメインローブ)に対応する。 水色部分のようにチェビシェフの多項式を切り取って指向性にしているので、 θ=90°で滑らかにならないように思えるが、式(7)のようにアレーファクタ中の z/z0 が cos(u) に変換され、これが滑らかに直してくれる。 (d AF)/(d θ)=((d AF)/(d z))*((d z)/(d θ)) となり、図4よりθ=90° で (d z)/(d θ)=0 となるので、アレーファクタは極値を取り、滑らかとなる。 また、チェビシェフの多項式は1を超えると急激に大きくなるので、サイドローブレベル を小さく設定したとしても z0 はほとんど 1 であり、上で行ってきた議論は有効である (z はほとんど θ と同じものだと考えることが出来る)。

図4を見てわかるように d=1λ になるまで図5の -z0 < z < z0 区間全てが使われる訳ではない。 d=1λになったとき図4より θ=0°, 180° のとき z/z0=-1, z=-z0となって図5 の水色部分左端の大きな値が入ってくる。それはグレーティングローブである。 この水色の部分の物理的に指向性となって現れる z の領域を 可視域 (visible region)と言い、数式的には意味があるけど物理的な 指向性とはならない領域を不可視域 (invisible region)と言う。 数式的に考察しやすい表現と、物理的に意味のある関数の範囲を指定する言い方である。

次に、アレーファクタの重み係数 an の求め方を説明する。

まず、素子数を決める。すると式(8)のアレーファクタの z の多項式は (素子数-1) 次 の次数となるので、その指向性を (素子数-1) 次のチェビシェフの多項式 T(n-1,z) と一致 するように設計する。ここでは例として6素子チェビシェフアレーを設計することにする。 すると図5のように T(5,z) が目標の指向性になる。

次に、目的のサイドローブレベルを決める。それは図5では SLL に対応する。 サイドローブに対するメインローブの大きさが SLL 倍となっている。 高さが SLL の水平線と z > 0 側で交わった点から垂直に線を降ろした z 座標 z0 を求める。すると z の (素子数-1) 次多項式(8)は素子間隔を決めれば 重み係数 bn だけが未知数となる。式(7)の形は(素子数-1) 次のチェビシェフの多項式 となることを望んでいるので、図5の例では式(8)をT(5,z)と等しいとおく。 任意の z に対してその方程式が成り立つ必要があるので、両辺の同じ次数の係数 を比較して bn が決定される。 すると(4)の展開規則で式(3)が式(8)に変形されたことに対応して、 bn から an を求める(連立一次方程式を解く)。 an は求めたかった重み係数である。

ここでは説明しないが、文献[2](p.302)にあるように数値計算に便利な次の表現がある。

    (9)

素子数が多いとき、端部素子の振幅が極端に大きくなり実現が難しいのが欠点である。

こうしてチェビシェフの多項式の形をした指向性が完成する。 チェビシェフの多項式は指向性合成以外にも電気回路のフィルタを構成するとき などにも使われる。

Mathematica による設計例 (HTML 形式)


素子数変化

指向性 極座標表示 重み係数

素子間隔 λ/2
素子数 2〜30
素子間位相差 0
サイドローブレベル -26dB

素子数を増やすとビームが鋭くなる。無限の素子を使った極限はデルタ関数となる。 ドルフチェビシェフアレーの全サイドローブレベルは自由に選べ、全て同じである。


サイドローブレベル変化

指向性 極座標表示 重み係数

素子間隔 λ/2
素子数 32
素子間位相差 0
サイドローブレベル -1〜-50dB

サイドローブレベルは任意に選べる。 サイドローブレベルを低くしていくと二項分布に近づいていくのがわかる。 また、サイドローブを低くしたとき、その代償としてビーム幅は広がることがわかる。


素子間位相差変化

指向性 極座標表示

素子間隔 λ/4
素子数 30
素子間位相差 0°〜90°
サイドローブレベル -26dB

一定の素子間位相差を与えることによってメインビームの方向を変えて傾ける ことが可能である。角素子から放射される球面波の位相が揃う方向にメインビームが向く。 素子間隔をλ/2よりも小さくしているためにビームを大きく傾けても グレーティングローブが発生しない。


素子間隔変化

指向性 極座標表示

素子間隔 0λ〜2λ
素子数 30
素子間位相差 0
サイドローブレベル -26dB

素子間隔を広げるとグレーティングローブが発生する。 メインビーム方向以外の方向から見て位相が完全に揃ってしまう角度 が存在するからである。


指向性の3Dグラフィックの例

2素子 4素子 8素子 16素子

素子間隔 λ/2
素子数 2,4,8,16
素子間位相差 0


[参考文献]


Copyright(c) 2002 Takuichi Hirano, All rights reserved.

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