日記(2019/7)

since Feb. 11, 2019.

2019/7/20(土) 「映画『風と共に去りぬ』見る、アイルランド系アメリカ人について調べる」

昼食はうどんを食べました。

午後は買い物に行き、日用品を補充しました。

そして、学会のマガジン編集委員の仕事をしました。

夕方はPS4のNewみんゴルをしました。

夕食は鯖の西京漬けを食べました。

夜は、昔みた映画「風と共に去りぬ」をもう一度みてみました。北軍が進軍してきたときに南東にある街メーコンに逃げようということになっていたので、その途中にあったジョーンズボロがタラのモデルになっているのも辻褄が合っていると思いました。やはり、映画の風景からはあまり緑豊かな印象はないなと思いました。テーマ曲はいい音楽で、他にも聞き覚えのある曲「ジョニーが凱旋するとき」が流れました。この曲は昔のファミコンゲーム「ダウボーイ」(ゲーム名が思い出せず、検索に時間がかかった)のBGMで、アイルランド出身の音楽家パトリック・ギルモアが南北戦争時に北軍の行進曲として作ったそうです。第二次世界大戦を描いた映画「史上最大の作戦」でもバグパイプで演奏しながら悠々と進軍するアイルランド部隊が印象的で、アイルランドの影響が意外に大きいなと思いました。さらに、風と共に去りぬの中でも「タラの農園」のタラの地名はアイルランドの地名から取っているそうだし、スカーレットのお父さんもアイルランド移民という設定になっています。作者のマーガレット・ミッチェルもアイルランドと関係するだろうと調べてみると、母の祖先がアイルランド移民だったようです。Scarlett O'Haraの名前の特徴的なO'Haraがアイルランドの出身ということを意味するのだと予想でき、すごく似ていて印象的で覚えているシカゴ・オヘア国際空港(Chicago O'Hare International Airport)のO'Hareもアイルランド人の名前を意味するのだろうと思って調べてみると、第2次世界大戦(太平洋戦線)で日本軍と戦ったアイルランド移民を祖先に持つエースパイロットEdward O'Hareから名づけられているそうでした。なぜアイルランド移民が多いのか調べてみると、アイルランドで1780年代にジャガイモ飢饉が起きて、多くの人がアメリカに渡ったそうです。今日は「風と共に去りぬ」からアイルランドとアメリカの関係が注目され、情報が芋づる的に広がって、調べたいことが尽きなくなります。

2019/7/19(金) 「打ち合わせ」

午前はメール処理と研究をしました。

今日は久しぶりに暑くなり、昼食後は学内で初めてセミの鳴き声を聞きました。

午後は先月実験してきた内容について、共同研究の打ち合わせをしました。

夕食はネギトロを食べました。

夜はGYAO!で映画「大統領の執事の涙」を見ました。アメリカでの黒人差別の物語で、キング牧師、アトランタ、ミシシッピなど行ってきた場所も出てきて、改めて歴史の流れを見直しました。

2019/7/18(木) 「ゼミ、コカ・コーラと南北戦争の関係、打ち合わせ」

午前は研究の続きをしました。

午後はゼミがありました。

先週の学会での発表内容も教育に関係するから説明し、ついでにアトランタ、アメリカの歴史も説明しました。お土産はコーラ(日本で買ったけど)にして、コーラの歴史についても少し調べていたから説明しました。コカ・コーラ社の歴史のホームページ(アメリカサイト, 日本サイト)を見ると、1886年5月8日に薬剤師John S. Pembertonによって作られたと書かれているけど、詳細が書かれていません。Wikipediaのサイトで調べると、もう少し詳細に、南北戦争(1861-1865年)を経験したPembertonがモルヒネ(ドラマ「バンド・オブ・ブラザース」や映画「プライベート・ライアン」のシーンにもあるように、戦場で撃たれた際の鎮痛剤としても使う)中毒になっていて、その治療用にコカの葉(コカインなどの麻薬原料にもなる)とコーラの葉を使って調合してみたのが始まりだったというような説明があります(今はコカ成分はカフェイン成分に置き換えられている)。コカ・コーラ社は麻薬成分がブランドイメージ低下につながるから、隠したくて詳細を明かさないのだろうと思います(時間の関係であまりじっくり展示を見なかったけど、ワールド・オブ・コカコーラにもそんな情報はなかったと思います)。これに関しては年代も考慮してWikipediaの情報が正しそうだと思いました。コカ・コーラは南北戦争とも関係していて、それでアトランタで開発されたと、話の流れがつながります(そこまで正直に展示してくれれば、ワールド・オブ・コカコーラはもっと評価が高まると思う)。たかがコカ・コーラだけど、南北戦争と話しがつながってすごく興味深かったです。成分も一部Wikipediaに載っていたから、本当に調合可能かどうか、ゼミの後に朝買ってきた材料を調合して試してみました。なんとなく、コーラっぽい感じかもしれないけど、同じような味には程遠かったです。

ゼミの後は共同研究の打ち合わせをしました。打ち合わせが終わったあと、またコカ・コーラの話で盛り上がり、調合して飲んでみました。学会で話をした先生や、この打ち合わせで、コカ・コーラに関する新たな2つの疑問も生まれました。
・何故この味を目指したのか(今は完成品としての味の目標があり、ペプシなども追従しているけど)
・数人しかレシピを知らないのに、製造過程で社員にもわからないようにどうやって秘密を保持できているのか

夕食はピーマンの肉詰めを食べました。

夜はメール処理をしました。

2019/7/17(水) 「学会CD/USBデータのポータブルHDDへの集約、会議」

午前はメール処理と出張報告書作成をしました。そして、先週の学会のデータが入ったUSBメモリの内容を今までのようにDVD-Rに焼いておこうかと思ったけど、そもそもこの作業は時間が少々かかるし、余っていたポータブルHDDがあったから、それに集約することにしました。今までの国際会議のDVDを全てポータブルHDDにコピーしました。これまでも、そうしようかと思ったけど、まだそのようにポータブルHDDを使うのはもったいないと思い、また、信頼性も少々低下すると思い、時が流れてしまいました。今となっては(本当は少々前から)ポータブルHDDは捨てるほど安価だ大容量(2TB)なので、コピーしてみたら、12.5GB/1.80TBでまだスカスカで余裕でした。これで、DVD, CDを大量に破棄してさらに場所を削減できそうで嬉しいです(最悪、これらのデータは学会が保有していて、お金を払えば見れるから失われてもいい)。コピーしていると、2002-2003年のCD-Rに焼かれたデータは読みだすことができず、裏面を見てみると明確に樹脂が剥離した様子(左が正常、右が剥離、ムービー)が確認できました。こうなると信頼性さえもポータブルHDDの方が上です。

昼は面談をしました。

午後は会議がありました。

夕食はホッケ焼きを食べました。

2019/7/16(火) 「学生実験」

一週間ぶりに大学に来たから、処理はしていたけど溜まってしまったメール処理をしました。

午後は出国前と同様、学生実験がありました。

夕食はカレーライスを食べました。

2019/7/14(日)-15(月) 「メヌケの煮つけ、帰国、コカ・コーラ」

帰りの国際線に乗ったらもう緊張は解けたから、機内で映画を見て過ごしました。「Bohemian Rhapsody(ボヘミアン・ラプソディー)」「Us(アス)」の2本をみました。

羽田空港着陸前に機内食が出て、「メヌケ(rock fish)の煮つけ」という見たことがない魚の名前があったからその機内食を食べました。白身の美味しい魚ではありました(特別に優れて美味しいわけではないけど)。疑問だったから、着陸して早速CAに聞いてみたら、その方も珍しいという感覚は同じなようで、「私も初めてです。スズキの種類らしいです。」と言っていました。アメリカからのフライトだからアメリカで加工されたものであることは確かなようです。ついでに、もう1つ疑問に思っていた機内の空調について聞いてみました。フライトによって、毛布を掛けても寒すぎるぐらい寒いこともあるけど、あれは調整可能なのかどうか聞いたら、エリアごとに調整可能ということでした。今回は毛布を掛けなくてちょうどいいぐらいだったけど、行きのLAX→EWRは毛布にくるまっても寒くて風邪を引くかと思いました(たまにそんなフライトがあります)。これは、乗客の人種構成で判断していて、今回は日本人が多かったから寒めと暖かめの中間に設定したということでした(体感温度の感想を伝えて感謝されました)。今回も4:30amの早朝着陸だからか、南側から館山を回り込んで東京湾に侵入して着陸していました。

着陸して、入国手続きをすると、入国もパスポートの顔写真ページをスキャンしてカメラで顔認識する自動処理(スタンプ無し)にかわっていました。モノレール、山手線、小田急線を乗り継いで7時前に家に帰りました。まだ皆寝ていてシャワーを浴びて、洗濯して朝食を食べました。娘たちが起きたら、タラで買ってきた綿花のお土産を喜んでもらえました。

昼前は二女と公園に行って、買い物をして帰り、うどんの昼食を食べました。

午後は掃除をして、夕方はやはり眠くなってしまって睡眠をとりました。

夕食はアメリカ料理でも作ろうと思っていたけど、皆洋食を食べ続けていて飽きたということで、鮪と鮭の刺身としらすを食べました。そして、アトランタに行ったからもう一度飲みたくなったコカ・コーラを飲みました。"Original Taste"は同じ味でした。原材料を見ると、「酸味料、香料」に"Secret Formula"が込められていることになります。アトランタ産のアメリカのコーラの方が「コーンシロップ、キャラメル色素、リン酸、天然香料、カフェイン」ともう少し詳しく書かれていました。

2019/7/13(土) 「タラ、ヒューストン→ロスアンゼルス経由で東京へ」

今日は帰国の日で、いつものようにホテルの朝食を食べました。だんだん、アメリカ人が言っていたベーグルの美味しさというのがわかってきて、焼いて(焼くのが重要)クリームチーズをたっぷりつけて食べました。ワッフルもやっと作り方に熟練しました(粉を鉄板に流し、ふたを閉じてからひっくり返して2分経つとブザーが鳴って完成)。

今日のフライトは15:50と遅い時間だから、その前に何か有意義なことができないものかと考え、行ってみたかったタラ(「風と共に去りぬ」の農園があるところ)に行くことにしました。帰国便に間に合わないと大変だから、何度も念入りに、バックアップ径路も調査しておきました。

チェックアウトしたら鉄道に乗ってバス乗換のEast Point駅で降りました。そしてバスに乗ってタラに向かいました。バスではまたまた自分以外は黒人でした。南東に向かってバスで45分と、結構な距離がありました(それでも$2.5でバスや鉄道は長距離乗ると安い)。BreezeカードというSuica同様のICカードにチャージして使う方式だから乗るのは楽で、しかもスマートフォンとGoogleマップとGPSがあるからどこを走っているかわかるのでバス旅行の敷居が下がっています。(通信しなくてもいいように、オフラインマップをダウンロードして無料で使えます)バスは親切な案内が無いので、この文明の利器がないと乗るのはかなり難しいです(そもそも、路線を調べるのも難しい)。

タラのバス停(映画のタラは架空の場所で、ここがモデルの街らしい)で降りたら、南部らしい風景を見ながら、「風と共に去りぬ」リンク)のテーマ曲「My Own True Love」を口ずさみながら、農園の建物があるStately OaksMAP)に向かいました。マグノリアの木を多く見かけます。ちょうど10:00amにStately Oaksの開園時間に到着し、一番の客でした。正面には1839年に建った家がありました。南北戦争時代の衣装を着た説明員の方にこの建物の歴史や家具について説明してもらいました(今度は個人説明)。綿花を紡ぐ機械もあって印象的でした。ほとんどの建物は南北戦争で焼けてしまったけど、残っていたものを移築したのがこの園だということでした。ただ、綿花畑やいろいろな畑はあっただろうということでした。園内には1800年代の小学校インディアンの家もありました。お土産に、綿花を買って帰りました。歩道脇の土もイメージどおりの赤茶色の土だけど、肥沃なようで、どこにも木々が生い茂っています。それから、少し歩いた場所にあるRoad To Tara MuseumMAP)を見学しました。南北戦争時代の戦争の武器や、「風と共に去りぬ」のドレスなどの展示がありました。綿花畑は見れなかったけど、「風と共に去りぬ」の風景を見て雰囲気を感じることができて満足です。帰りもタラのバス停からバスに乗ってEast Point駅経由で空港に行きました。荷物は最近海外出張でもコンパクトにしているから、こんな寄り道もできます。今回の滞在は短い時間だったけど、かなり多く物を見て勉強して楽しめました。行く前から「アトランタは見るところがないよ」とか、来てからも「アトランタって見るところあまりないからね」と言っている人が多かったけど、全然そんなことはありませんでした。スポケーンに行った時もそうだったけど、みんながつまらないと評価するところほど歴史があって楽しいです。(ニューヨークのブロードウェイミュージカルよりも、ロスアンゼルスのハリウッド、ビバリーヒルズよりもずっと楽しかったです)

アトランタ国際空港に着いたら搭乗手続きをしてセキュリティーを通過し、ステーキ&ブルーチーズピザの昼食を食べました。美味しかったです。時間になったら、乗り継ぎのヒューストン国際空港(IAH)に向かいました。ヒューストンに着いたら、次の便は30分遅延したけどロスアンゼルス国際空港(LAX)に到着しました。ロスアンゼルス近辺の西海岸は海からの霧がかかっていました。いつも、ここの乗り継ぎは不便で不親切だと思います。搭乗ゲートがTBITとなっていて、方向指示の案内板を見てもわからず、スタッフに聞くとターミナルBということでそちらに向かいました。その途中もTerminal B (Tom Bradley)と指示があるだけで、なんでこれがTBITなんだ?と思って歩いていると、途中どう見てもスタッフ用通路としか思えない場所を通り、ここでいいのだろうか?と思いました。実際そこには清掃委員がいて聞いてみたら合っているということで、そのまま進むとTom Bradley International Terminalと書かれていて、これがTBITね、と予測できるようになりました(さらに、このエリアはFree WiFiが使えない)。後から適当に拡張していって、その後も改善しない状況が続いているのだなと思いました。なんとか搭乗ゲート付近に到着したら、まだ時間が早いから案内板に表示されていないから待つように職員に説明されました(他の空港では、その程度の時間のものは表示されるのに)。表示されてから、搭乗ゲート付近で待っていたら、自分の名前が呼ばれてカウンターまで来るように指示がありました。また何かやらかしてしまっただろうか・・とドキドキしながら行ってみると、単に家族客のための座席変更のお願いでした。

2019/7/12(金) 「発表、Martin Luther King, Jr. National Historical Park、ステーキ」

朝は早起きしてメール処理をしてから発表練習をしました。午前は発表がありました。最終日だからか、人が少ない・・・と感じました。

昼は近くのフードコートで食べました。昼休みは、昨日地下鉄で通った時に地図で見ていて、近くにMartin Luther King, Jr. National Historical ParkMAP)があるということがわかり、歩いて行ってみました。ダウンタウンの風景を見ながら歩いて、記念館を見学しました。数年前にメンフィスに行ったとき、暗殺されたアパート(2014年7月の写真))を見たけど、ここに記念館がある理由は、Martin Luther King, Jr.はここで暮らしていたからということでした。メンフィスで勉強したから(高校の英語の教科書にもあったけど)大体知っていたけど、展示を見ました。公共交通機関を使わず、歩いて非暴力で抵抗する展示などがありました。ガンジーの像もあって、なぜかと思ったけど、Martin Luther King, Jr.は非暴力で抵抗するための手法を学びにガンジーに会いに行ったということでした。道を渡った隣にはThe King Center(慰霊の泉)もあり、建物の中にはガンジーとの交流資料ノーベル平和賞メダルなどが展示されていました。帰りは別の道を歩いて路面電車も見ました。

午後もずっと関連発表を聴講しました。

終了後は知り合いの先生と美味しいという評判のステーキ店に行ってステーキを食べました。確かに美味しかったです。

それからPhermacyでお土産を買ってホテルに戻りました。宿泊ホテルの近くにはマーガレット・ミッチェル・スクウェアがありました。

今日は少々寝不足になっていたから、必要なメール返信だけして早く寝ました。

2019/7/11(木) 「ストーン・マウンテン・パーク、マーガレット・ミッチェル・ハウス・記念館、学会」

昨日の夜寝る前に、今日見逃したところはないかとネットとホテルフロント資料を見て調べ、ストーン・マウンテン・パークも行く価値がありそうだと思い、Googleマップで調べたら鉄道とバスを乗り継げば行けそうなことがわかり、早起きして向かいました。最寄りのPeachtree Center駅は地下になっていて、壁はストックホルムのように岩むき出しでした。

十分早起きしたのにBlue Lineが技術トラブルでかなりの時間止まっていました。だけど、なんとか予定していた間に合い、終点の駅からバスに乗ってストーン・マウンテンの近くのバス停まで行き、登山口まで歩きました。バスは自分以外は黒人でした。途中の住宅街にもマグノリアの木がいくつかありました。

ストーン・マウンテン・パークMAP)の登山口から山に入ると、ずっと一枚岩のような道が続いていました。後でEducation Centerで資料を見ると、オーストラリアのエアーズロックと同じ種類で、マグマがプレートで押し出されて噴出した1つの岩のようでした。日差しも出てきて、さすがに汗はかなりかいたけど、体力的には登るのは何の苦労もない山でした。あまり高くなさそうだけど、頂上からの眺めは最高でした。周囲は多くの木々と緑に覆われているのがよくわかりました。アトランタというと、風と共に去りぬの風景で南北戦争で焼けた風景、綿花畑の収穫時の茶色い土色の風景が印象にあるから、こんな緑豊かだとは思わなかったです。(宝塚歌劇版の歌では「緑成す大地」という言葉も歌詞に出てくるけど)ケーブルカーもあり、下りはケーブルカーで降りてみました。すると、降りた方の斜面は岩山というのがよくわかり、南部の英雄の巨大な彫刻がありました。降りたら岩山の周囲のトレイルを歩いて登山口に戻りました。松林にスギゴケが生えている植生も日本と似ています。リスにも会いました(ムービー)。そして、またバス停からバスに乗って鉄道の駅に行き、学会会場近くのマーガレット・ミッチェル・ハウス・記念館に寄りました。

マーガレット・ミッチェル・ハウス・記念館は「風と共に去りぬ」の作者マーガレット・ミッチェルが住んでいた家で、ちょうどガイドツアーの時間で、参加しました。ここは自分以外はみんな北米の白人女性でした。ガイドの最初に「本を読んだ人?映画を見たことがある人?」とレベルチェックがあり、どこから来たかの自己紹介があり、英語は学会より高いレベルが必要で、「これはまずい・・」と思ったけど、かなり聞けて話せるようになっていました。「一人だけ観光客っぽくないですね」と言われてしまいました(それは、学会のために来ているから)。ここで、マーガレット・ミッチェルは南北戦争後に生まれているし、フィクションであることもわかり、地図で見ても綿花畑がない理由がわかりました。これはフィクションで、奴隷制を美化している部分があるから(こんないい使用人もいただろうけど、悪い使用人も多かったはず)、そのことを考慮してこの作品を支持するグループとしないグループに2つに割れているということでした(それはよくわかり、僕も黒人奴隷解放史」を読んだり、メンフィスで勉強したからよくわかるけど、それを理解した上で、いい部分だけをフィクションに仕上げたと解釈すればあえて批判する必要はないかという立場です。また、映画、宝塚歌劇とも音楽がすごくいいのが印象を良くしています)。執筆した部屋キッチン寝室なども見れるようになっていました。最後に、「この近くに綿花畑(タラの農園のような)はあったのですか?」と聞いたけど(その風景が見たかったから)、わかりませんという回答でした。

そして、また地下鉄で学会会場近くの駅に行き、学会会場まで歩いて関連発表の聴講をしました。最後はポスターセッションがあり、地ビールのスイートウォーターなどのドリンクを飲みながら知り合いの方々と交流しました。そして、終わったら近くのレストランで一緒に食事しました。

2019/7/10(水) 「アトランタ着、トレイル、ジョージア工科大、ワールド・オブ・コカコーラ、学会」

アトランタ着陸時には緑豊かな土地が広がっているのが見えました。7月9日の19:00に大学を出て、7月10日の8:00amに到着しました。日付と時間だけみると早いようだけど、時差があるから日本は+13時間で、東京は10日の23:00(さらにアメリカ国内は広いのに4つの時間しかないから実際は+2時間ぐらい)で1日以上移動に時間を使っています。家を出た時間からだと、1日半以上経っています。だけど、飛行機で熟睡できたわけではないけど、今回は映画は見ないで(眠れなくても)じっと目を閉じていたからか、疲れはあまりありませんでした。

空港についたら、ネットで調べた情報に従って、MARTAという鉄道に乗ってダウンタウンに向かいました。朝早いからホテルにチェックインはできず、一度荷物を預けるために降りるとまた料金がかかるから、そのまま全荷物を持って、一度地図を見て近くで見たいと思ったところに行ってみました。

鉄道は東西南北に十字に走っているだけなので、利用するのは簡単でした。Green LineのBankhead駅に行ってトレイル(散策路)を歩いてみました。綺麗な小川も流れていて、植生を見ながら森林浴もできました。松の木が多く、木や雑草全て日本とよく似た植生でした。(気候も蒸し暑くて似ている)それから、池を見たかったけど、Googleマップもそこまでは上手くできないようで、どうしても行けないルートを示していたから仕方なく引き返しました。

そして、地図を見てあまり遠くはなく、滞在期間中に一度見ておこうと思っていたジョージア工科大に向かいました。大学に入ると、マグノリアの花の香りがして(日本でもたまに見かけるようになり、クチナシの花の甘い香りに少しレモンの香りを混ぜたような香りがします)、見上げるとマグノリアの花が咲いていました(ほとんど咲き終わっていて、遅いのが残っていた)。やはり南部だなと思いました。アトランタは「風と共に去りぬ」の舞台で、宝塚歌劇版では「君はマグノリアの花の如く」という主題歌もあり、マグノリアのイメージがあります。ちょうど昼でお腹も空いたから、学食でピザを食べました。それから、学内を歩いたらアインシュタインも来たことがあるようで、アインシュタインの銅像もありました。広い芝生広場を通り、今度は学会会場方面に向かって歩きました。

コカコーラのビル水族館の横を通り、途中でワールド・オブ・コカコーラという建物があり、どうやらアトランタでコカコーラが開発されたようなので、見学することにしました。入り口で1缶コーラをもらい、歴史作り方(秘密="Secret Formula")の展示を見ました。3D映像に加えて振動と香りがある4Dシアターもあり、最後に世界各国のコーラや飲料の試飲があり、ここでみんなエキサイトして楽しんでいました(自分も)。だけど、いくら少しずつ飲んでも全種類制覇はできませんでした。

それから、オリンピック公園を通り、アンテナ関係の学会IEEE AP-Sの学会会場のヒルトンホテルMAP)に行って受付をして関連セッションの聴講をしました。学会は本当は月曜から始まっているけど、今回は学生実験職務を優先して3日目からの参加でした。終了後はサンドイッチとビールを買ってホテルの部屋で食べ、やっとしっかり風呂に入ってシャワーを浴び、しっかりしたベッドで睡眠が取れました。

2019/7/9(火) 「電話会議、学生実験、羽田→ロスアンゼルス→ニューヨーク経由でアトランタへ」

昼前は学会の仕事で電話会議をしました。

午後は学生実験がありました。

今日は夜から海外出張だから、学生実験が終わったら体育館のシャワールームでシャワーを浴び、すぐに羽田空港に向かいました。同僚の先生から聞いた情報で、この時間帯は京急線は混むときいたので、モノレールで羽田空港に行ったら快適でした。

羽田空港に着いて荷物を預けて出国審査をしたら、パスポートを機械で読み取って顔認証する自動システムになっていて、スタンプ押印も省略されていました。それからラウンジでメール処理をし、アトランタに着いてからの市内やホテルまでの交通について調べました。

時間になったら、飛行機に搭乗して9時間ほどかけてロスアンゼルスに向かいました。23:30の深夜発の便だからか、房総半島上空は通過しないで館山を回り込んでいました。ロスアンゼルス国際空港(LAX)着陸直前に窓からロスアンゼルスダウンタウンと向う側のハリウッド・ビバリーヒルズの風景が見えました。アメリカの入国審査も自動化されていて、パスポートを機械で読み取って税関審査や渡航目的を画面でタッチするシステムになっていました。だけど、なぜか自動通過は許可されず、人のところに行くように指示があり、行って渡航目的を聞かれて「観光ですか?」と聞かれて、正直に「学会です」と言ったら「次からはビジネスと答えてね」と言われました(いままでそうすると厄介になると思ったけど、逆のようです)。

一度荷物を引き取って国内線用に預け直し、次の搭乗口に向かいました。その途中、次の行き先からの乗り継ぎチケットを無くしてしまい、セキュリティーポイントを戻してもらったりしながらウロウロ探したけど見つかりませんでした。ただ、結局Eチケットだから航空会社カウンターで難なく再発行してもらえました。そして次の乗継のニューヨークに向かいました。こんな回り道で時間ロスをしたくなかったけど、学生実験の職務を終えてから羽田空港発という条件で検索したのが間違いだったようです。かなり待った後、今度はニューアーク・リバティー国際空港(EWR)に5時間ほどかけて向かいました。

ここでの乗り継ぎは45分だけど、国内線で搭乗ゲートは近いから余裕で間に合い、さらに2時間ほどかけてアトランタ国際空港(ATL)に向かいました。離陸したら窓からは昔行ったニューヨーク・マンハッタン島の高層ビル群が見えました。

2019/7/8(月) 「データ処理、研究室説明、集中講義、発表スライド作成」

午前は実験のデータ処理をしました。

午後は研究室説明と集中講義をしました。

夕食は麻婆豆腐を食べました。

夜は出張準備をして、発表スライド作成をしました。

2019/7/7(日) 「青山」

昼食は明太子を食べました。

午後は用があって青山に行きました。表参道駅で降り、Googleマップで気になった高野長英隠れ家跡琵琶池を見ました。山手線の内側にも結構湧水池があるなと思いました。

夕食は広島焼きを食べました。

2019/7/6(土) 「データ処理」

昼食は冷凍焼きおにぎりを食べ、午後は買い物に行きました。

夕方はPS4のNewみんゴルをやり、釣りができるようになったから、娘たちがオープンコースでカートで走ったり、釣りをして遊んでいました。いろいろできて映像がいいからかなり楽しいです。もう少し欲を言うと、Wiiスポーツリゾートのようにセスナ機やヘリで飛び回る機能があればもっと楽しいのにと思います。

夕食は豚の蒲焼と明太子と鮪の刺身を食べました。

2019/7/5(金) 「委員会、懇親会」

午前は学内業務と先週の実験のデータ処理の続きをしました。データ処理が思うような結果にならずに引っかかっていて、地道に生データをチェックしていくと、おかしな部分に気づきました。

午後は、夕方の委員会で代読することになったので、資料に目を通して自分の立場の役割と内容を一応理解しました。

夕方は委員会があり、東京タワー横の機械振興会館に行き、エレソの委員会に出席しました。数年前は研究会幹事として参加し、説明を受ける側だったけど、今回は執行委員として説明する側でした(とは言っても、2年交代だし、あまり意味が分かっていなくて、こんな機会に組織体制を勉強することの繰り返しです)。自分の担当部分の資料の代理説明もしました。終了後は懇親会(意見交換会)に参加して、いろいろ話をして交流してから帰りました。

2019/7/4(木) 「面談、ゼミ、会議」

午前は研究のデータ処理とファイル整理をしました。

昼は来客があり、面談をしました。

午後はゼミをしました。(進んでいる人は)少しずつ研究が進んでいるような気がしてきました。

ゼミの後は学内会議がありました。

夕食はネギトロとタコの刺身を食べました。

学会誌が届いていて、開いたらエレクトロニクスソサイエティのページ自分の写真がありました。明日はこの関係の会議です。それにしても東京都市大学の先生が多いなと思います(去年も思ったけど)。

2019/7/3(水) 「研究室説明、面談、会議」

家の近くの街路樹のクチナシの花(このページ上のクリップアートに使用)がいい香りでした。

午前は学生実験説明用のスライド作成の続きをしました。加算器の繰り上がりの先読み回路の勉強をして実際に計算して回路を描いてみました(なるほど、ゲート2段で組めるから、回路の大規模化を犠牲にすれば、1〜2クロックで計算完了できるなというのが理解できました)。学生実験で行っているレベルの内容で、学部時代は得意だった(それ以後、電磁波を専門にしてから忘れていた)論理回路のことを思い出し、今の最先端技術と話が繋がり、面白くなってきました。

昼前は今日も数人3年生が来たから研究室説明をしました。

午後は学生の面談をしました。夕方は学科の会議がありました。

夕食はサンマの糠漬け焼きを食べました。

夜は少しPS4のNewみんゴルをやってみたら、絶好調で3イーグル、残り全バーディー21アンダー(51)で1位になりました。ゲームだから・・とは言っても、ゲームでもなかなか出せないスコアでした。

2019/7/2(火) 「研究室説明、学生実験」

午前は学生実験用の説明資料作成をしました。

昼頃は、3年生に研究室説明をしました。昨日作成したナレーション入りの自動PowerPointプレゼンスライドが大活躍しています。

午後は学生実験がありました。今日は順序回路を担当して、午前作成したスライドを活用できました。こうやっていると、日々苦労するようだけど、自分のためにもなるし、後々の説明を簡略化できていいです。将来楽するために日々苦労して努力することの繰り返しです。(常に改善されるから楽しいけど)

自動プレゼンやYouTubeを活用すれば、かなり楽に広報効果があげられそうです。(楽に広報効果を上げるいいアイデアがわいてきました)

夕食はピーマンの肉詰め焼きを食べました。

2019/7/1(月) 「研究室説明、集中講義」

今週は仮配属予定3年生への研究室説明で、去年何度も同じ説明をするのは面倒だというのがわかったから、午前は研究室説明資料のPowerPointスライドにナレーション音声を入れました。午前、午後あわせて3回使い、一度苦労したかいがありました。

午後は「情報リテラシー」の集中講義をしました。

夕方は出張の後処理をして、データ処理をしました。しばらくしていなかったデータ処理だったから、一度作ったプログラムの最新版がどこにあるか探すのに苦労したけど、最後にExplorerの検索機能でファイル名を検索したら簡単に見つかりました。

夕食は金華鯖の西京漬けとマグロの刺身を食べました。鯖はノルウェー産がだんとつ美味しいけど、金華鯖は日本産の中では脂がのっていて美味しかったです。鯖についていろいろ調べ、鯖の種類(真鯖、ごま鯖)や生息域の違い(関さば、金華さば)などいろいろあるんだなと思いました。


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